発達障害の彼

 マグネットにも同じものを掲載しております。

 

 窓を通して日差しの当たる部分が黄金色に輝いたまま輪郭を切り取って、教室内に稲穂の色をした影を敷き詰めている。その部分を指で触ると温かさが、指の腹に伝わる。この温もりは、なぜか自分には届かない。|姉川涼音は、眼を寂しそうに閉じると、ためいきをついた。日差しを浴びて夏の雪のように輝くほこりが小さく輪を描く。

 涼音には彼がいた。初めて外に出た少年のように、輝いている表情が印象的な男性。実年齢より若く見えたが、“発達障害”という診断名が、彼の童顔を裏付けている。
「人の気持ちがわからない障害かぁ」
佐竹佑真と付き合い始めて二か月と少し、普通の恋人たちなら、お互いを知り始めて間もない頃で、もっとより多く相手を知ろうとする楽しい探りの時期のはずだったが、佐竹は、心を見せてくれなかった。

 涼音はもっと佐竹の気持ちとか自分に対する思いを伝えてほしいのだけれど、意地悪なのかシャイなのか、決してそのようなことは言わない。佐竹が饒舌になるのは、趣味のゲームについて話す時、ただそれだけだった。
放課後に一人、彼の表情や指の動き、ワイシャツ越しに見える鎖骨などを思い出しては、心の奥で反芻した。

「こんどさ、新しいゲームが出たんだけど」
 息を弾ませて新作ゲームについて語る彼は、黒目がちで嬉しくもあるが、開ききった瞳孔は果たして私に向けられているのだろうか、涼音は気になって仕方がなかった。

 たまたま隣の席で、カバンについていた缶バッジのキャラクターが目に留まり、お互いがゲーム好きだと知り話が弾んだ。新しいアイテムが登場した時など、何回目のガチャでゲットしたかを競い合って語った。

「相手は、私じゃなくても良かったのかなぁ」
頭を横にして、耳を机に当てる、日差しが残って温かい部分と冷たい部分がまだらに耳介に刺激を与える。思い出を手繰り寄せるうちに、一筋の涙が流れ落ちて顔を濡らした。

 頭を上げて椅子から立ち上がり、急に帰り支度を始めた。誰もいない教室の窓を閉めて、涙を拭き教室の戸を開けると、思いがけず佐竹がいた。

「一人でいるのを邪魔したくなかったから待っていた」
 佐竹の気配りはどことなくずれていて変だが、涼音は彼がいてくれたことが嬉しかった。常識は違うし、言葉は外れて伝わるし、望みの情報は得られないけど、心は通い合っている。涼音は自分の浅はかさを恥じた。戸口で佐竹と抱き合う。骨ばった身体からは、少なめの筋肉と体温が伝わる。ヘアワックスの香りが安心感を与えてくれる。

 「バス停までゲームの話しよっ!」
 涼音は笑顔を佐竹に向け、一番のご褒美をプレゼントした。傾き始めた太陽が寄り添う二人の影を長く長く廊下に描き出していた。

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ベリー

ASD+ADHD小説やイラストを描いています。50代男。アイコンはスーパー美化というより別人。ロシア語をちまちま勉強。趣味垢@37Zn8N4P4dGvct3    

2件のフィードバック

  1. ベリー より:

    短編の予定だったので残念ですが
    これで終わりです。
    ご期待に添えなくてごめんなさい。

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  2. ダイバ~ より:

    これからどうなって行くのかワクワクしますo(^-^)o

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