彼の瞳はいつだってテラテラ光る線路を見ていた。

 『小説家になろう』にも同じものを投稿しています。

 

 彼がいる。相思相愛の相手である君はいつも私の方を向いていて温かい言葉をかけてくれるはずだと、一人の時は思っていた。多くのカップルがするような、昨日見たテレビドラマとか新しく上映される映画とか、珍しいスイーツを扱ったお店とかの話題でほっこりとスイッチを入れ始めたこたつのように気持ちをぬくくしてくれるもんだと思っていた。

 電車に乗ると彼は無口になる。考え事をしているかのような振りをするのだが私にはわかる。そうあいつは車窓を見ている。かわいい彼女との話を中断して。

 もともと、ぶっきらぼうで口数が少なくてシャイだと思っていた。こちらから話しかけないとだまったまま話題がなくなる彼。男性特有の脳の癖だと思っていた。

 彼の二つの眼は、一所懸命にファンデーションを重ね、頬紅をさし赤いリップの上につややかなパールピンクを重ねた力作を、デッサンの時に見やることのないキャンバスから外れた対象物のようになかったことにしている。鏡の前で一時間、衣装ケースから最良のコーディネートで決めた服を褒めずに、ただひたすら列車と並行して流れていく景色を見ている。

 『ASD』そんな言葉を友人の那守歌

から聞いた時、「なんかテレビでやっていた」程度の知識しかなかった私は、那守歌の説明で腑に落ちる。

 もしも、彼が私と彼が見ている光景を天秤にかけたら、どちらが重いのか私にはわかる。それが悔しい、狂おしい。瞳の表面を盛り上げる涙を目力で押しとどめる。

 さようなら、恋に恋をしていた私。そしてさようなら、なんとなく付き合い始めた電車にしか興味のない彼氏。

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ベリー

ASD+ADHD小説やイラストを描いています。50代男。アイコンはスーパー美化というより別人。ロシア語をちまちま勉強。趣味垢@37Zn8N4P4dGvct3    

2件のフィードバック

  1. ベリー より:

    コメントありがとうございます。
    マルチタスクの他に過集中もあるんですね。
    それに関しては気づきませんでした。

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  2. Polevit より:

    私が思うに、それはマルチタスクができないのと、過集中から、彼女が見えなくなってしまうのです。自分が彼の立場だったら、確実にそうなります。

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